場所を選ばない働き方を推進、「クラウド郵便受取サービス」が秘めた社会課題解決の可能性
自由なワークスタイルを縛る郵便物の受け取り課題を「atena」が解決
オフィスワークの形は昨年、様変わりしました。
新型コロナウイルスの感染リスクから半ば強制的にリモートワークに舵を切る企業が急増。家にいながらミーティングや商談をすすめるビジネスパーソンが増えたからです。
「リモートワークの浸透で、働き方の自由度はあがりました。働く場を提供している弊社としては、イノベーションの創出や新たな価値創造のために「集まる場」としてのオフィスの存在は重要だと考えています。しかし、コロナ禍で顕著になった不必要な出勤という非効率な働き方については、弊社自身も、お客様にとっても解決していくべき課題なのではと考えていました」と言うのは、総合不動産デベロッパー・東京建物のまちづくり推進事業部に所属する渡部美和さんです。
「その課題の原因の一つが郵便物の存在です。いくらリモートワークが進んでも、請求書や契約書などを郵送する取引先がいれば、郵便物はオフィスに届き、物理的に確認する手間が発生します。実際、弊社でも、コロナ禍の出社制限がある中でも郵便物のために出社する社員がいました」(渡部さん)
渡部さんは、大企業からスタートアップまで様々な企業が集積する、東京駅の東側に所在する八重洲・日本橋・京橋エリアを、さらにイノベーションが創出し続けるまちにすべく、『xBridge-Tokyo』というスタートアップ向けインキュベーション施設を2018年に立ち上げ、スタートアップを八重洲・日本橋・京橋エリアに誘致することで、既存の大企業とのオープンイノベーションを促す「場づくり」をしてきました。
ところが、コロナ禍で一変。“集まる”ことそのものがリスクになり、オフィスに求められる役割や機能が問われるようになったのです。
「スタートアップが必要とするオフィスの機能のひとつに、本社所在地や法人登記場所としての「住所」がありました。裏を返せばその住所に届く“郵便物”を受け取る手間を解消できるオフィスを提供することは、より柔軟な働き方を応援することになるのではと考えました。ひいてはウィズコロナ、アフターコロナの時代にそうしたソリューションを提供できるオフィスは、一つの価値になるのではとも考えています」(渡部さん)
その課題を解決するソリューションが、『atena』でした。
クラウド郵便受取サービス利用により磨かれる、まち全体の働きやすさ
「クラウド郵便受取サービス」。
N Inc. が2020年5月にローンチしたatenaのビジネスモデルをひとことでいうと、そうなります。
クライアント企業に届く郵便物をatenaが代わりに受け取って、まずは表面をスキャンしてデータ化。クライアントはこのデータを、クラウドを通してどこからでも確認できます。「中身がみたい」場合は、クラウドの画面を通じて指示。するとatenaのスタッフが開封、今度は中身をスキャンして閲覧できる。あるいは指定場所に発送する仕組みです。
「実はコロナ禍の前に着想したビジネスなんですよ」とatenaを運営するN Inc. 共同創業者の白髭直樹さんは明かします。
「私は一昨年までニュージーランドに在住しながら日本のスタートアップで働いたり、フリーランスとして仕事をするなどしていました。クライアントは日本企業でしたが、リモートでできる仕事でしたから。しかしどうしても、契約書や請求書は日本国内の住所に届いてしまいます。私含めて周囲には、家族や同僚に郵便物を開けてもらいデータで送ってもらっている人が多くいたのです」(白髭さん)
そこで帰国後、国内外問わずどこでもノマドワークのように働けるフリーランスなど個人をメインターゲットにatenaを立ち上げ。それがちょうどコロナ禍でリモートワークが増えることと重なり、注目を受けることになったのです。
「法人向けには将来的には提供したいとは思っていましたが、提供当初はターゲットではありませんでした。機能開発や営業、求められるセキュリティ水準など様々な要因があったので。『3年後くらいに法人向けにもできれば…』程度でした。ところが、法人の方からの多くのお問い合わせをいただいたのです」(白髭さん)
その中に東京建物の渡部さんもいました。当初はxBridge-Tokyoの入居者向けにatenaのサービスを提供するところから話が始まりましたが、次第に描く未来像も大きくなっていきました。ちょうど同時期、『令和2年度東京都におけるイノベーション・エコシステム形成促進支援事業』に東京建物が八重洲・日本橋・京橋エリアの代表事業者として採択されたこともあり、最初の一歩として実証実験を行うことになったのです。
「atenaのクラウド郵便受取サービスが八重洲・日本橋・京橋エリア全体で浸透することで、まち全体の働きやすさがさらに磨かれる。今後求められるスマートシティやDX化の観点でも非常に興味深いサービスでした。そこでぜひ協業を、と白髭さんに」(渡部さん)
こうしてまずは東京建物とN Inc.がつながります。そして、この共創をさらに力強く推進するためにジョインしたのが、セイコーエプソンでした。
デジタルとアナログの“架け橋”、ゲートウェイとなるプロダクトの重要性
「社会課題解決をテーマにしたWeWorkオンラインイベントを通じてつながり、atenaのビジネスモデルが目指す『デジタルとアナログの架け橋』というビジョンに共感。サービスの共創を一緒に取り組むことにしました」(セイコーエプソン株式会社・常安弘之)
自社のリソースを、他社とつなげて提供できれば、イノベーティブなソリュ―ションを実現し、新しい社会課題を解決できる――。
そんな思いで邁進していたセイコーエプソンにとって、コロナ禍で加速した「場所を選ばずに働けるワークスタイルの確立」はまさにシナジーを発揮できる領域だと確信したわけです。
「もともとプリンターやスキャナーに代表されるように、アナログとデジタルのゲートウェイとなるプロダクト、そしてソリューションが我々の得意領域ですからね。兼ねてから思案していた自由な働き方を、という課題解決、またN Inc.と今後さらにDX領域で協業していく足がかりとしても、ベストな機会をいただけました」(常安)
今回の実証実験では、セイコーエプソンからはスキャナーの最上級モデル『DS-32000』を提供。仮に斜めにスキャンしても補正機能で美しく再現することで、狙いどおりスピーディかつ正確な仕事を実現しました。デリケート(水平)給紙モードを使用すれば、様々な形態の紙でも破損させることなく綺麗に読み取ることができます。
とくに白髭さんが絶賛するのは、紙の重なりに反応したり、紙詰まりになりかけたときに瞬時にローラーがストップする機能。「こういったキメ細かな作り込みは様々な部分で作業効率を向上させてくれました」(白髭さん)
東京建物の渡部さんも、オープンイノベーションの観点からプレイヤーが増えることには大歓迎でした。
「異なる組織が増えれば増えるほど、イノベーション創出の機会も増え、その幅も広がると思っています。また東京都の『令和2年度東京都におけるイノベーション・エコシステム形成促進事業・共同プロジェクト』の公募にも参加する予定でしたので、我々だけではなし得ない部分を補っていただく意味でも、ぜひ参画していただきたかった」(渡部さん)
デジタル化の先にあるデータ活用、新しい働き方を支えるソリューションへ
こうして3社が揃う形で「八重洲・日本橋・京橋エリア内の大企業・コワーキングスペースを対象とした郵便クラウド管理サービス導入実証実験」と銘打つプロジェクトはスタート。
運営そのものはatenaですが、東京建物も積極的に社内やコワーキングスペース利用者に参加を募り、atenaの実現したい世界観やサービスをPR。また、試験導入がスムーズに進むよう、展開にあたっては、オリジナルのマニュアルも作成しました。
実際の実証実験は2020年11月27日からの18日間実施。東京建物とxBridge-Tokyoの入居企業6社を中心におこない、好評のうちに終了しました。
ユーザーからは「郵便物のために出社するストレスから開放された」という声はもちろん、「届いた郵便物のスキャンを実施してもらえることそのものが工数削減になり価値が高い」「ここまできれいにスキャンしてもらえるのは助かる」との声も。
「セイコーエプソンさんとブレストを重ねる中で、私たちがデジタル化した郵便物を遠隔地で印刷して見たいというニーズについても知ることができました。単にデジタルデータにするだけでなく、それを様々な方々に『活用』していただくことが重要と考えているので、とても大きな視点でした。この経験を糧に事業成長を加速させていきたいと思っています」(白髭さん)
セイコーエプソンとしても大きな可能性を実感できるプロジェクトになりました。
「社会課題の解決にどう力になれるか。今回のプロジェクトに参画することで、東京建物さんから生の声をフィードバックいただけたのは本当に価値あることでした。同時にデジタル化した郵便物をクラウドにストックしておけば、必要なときにどこであろうと紙などのアナログの媒体で読むことができる。その利便性を実感していただく機会にもなったと感じます。リモートワークやワーケーションなど、いま言われている新しい働き方、生き方を支えるひとつのソリューションの足がかりになっていけば幸いです」(セイコーエプソン株式会社・小原秋寿)
3社の偶然の出会いが、必然的にプロジェクトを生み出し、未来のイノベーションを形作り始めた――。
いずれにしても、本プロジェクトを起点に、東京はさらに働きやすい場所に。
私たちのワークスタイルは、もっと自由なものへと様変わりしていきそうです。
取材実施日:2021年2月
記載の組織名・所属・肩書き・取材内容などは、すべてインタビュー時点のものです