人の動きを生み出すワーケーション-地方創生へのイノベーション
今回は、スマートシティに関する取り組みに積極的なことで知られる会津若松市でゲストハウスを経営している「kaien Hostel & Café BAR」代表の渡部 景秋様と、人口減少に歯止めをかけるため、交流人口の新たな拡大施策に取り組む、会津若松市 観光課 観光企画グループ 副主幹の鈴木 康弘様、そして、kaien Hostel & Café BARにコワーキングスペースの設置を提案したセイコーエプソン株式会社DX戦略推進部の課長 小原 秋寿がディスカッションを実施。会津若松市が産官学連携で進めているスマートシティの取り組みや、ワーケーション誘致に必要な環境整備などについて語り合いました。
■渡部 景秋 様
kaien Hostel & Café BAR 代表
■鈴木 康弘様
会津若松市 観光課 観光企画グループ 副主幹
■小原 秋寿
セイコーエプソン株式会社 DX戦略推進部 課長
※本文中は敬称略
鈴木:
kaienさんのことは、七日町に面白いコンセプトの宿ができたと、商工会議所から話を聞いて以来、何か市としても連携できることはないかと、ずっと興味をもっていました。それで今回、会津若松市が産官学連携で整備を進めてきたICTオフィス「スマートシティAiCT」にも入居されているエプソンさんと協働してコワーキングスペースを開設されたということを知り、ぜひワーケーションの推進に協力してもらえないかと声をかけさせていただきました。
渡部:
皆さんから、観光客を誘致するだけではもはや人口減少を食い止められないという話や、街の交流人口を増やすためにワーケーションを推進していきたいという話を聞いて、私も生まれ故郷が衰退するのは嫌ですから、というより、むしろそれを阻止するために地元に戻ってきてゲストハウスの経営をはじめたくらいですから、ぜひ協力したいと思いました。
鈴木:
先日はさっそく、市内にある東山温泉で実施したワーケーションのモニターツアーの受け入れ先になっていただきました。私たちとしては、受け皿づくりを進めるといってもまだ何から手をつけていいか分からない状況。そんな中で、まずは企業のニーズや地域の思いなどをちゃんと把握したいと考えていたわけですが、kaienさんにご協力いただいたおかげで、市としても現段階の整備すべきコワーキングスペースのモデルを垣間見ることができたと考えています。実際に見学させてもらって感じたのは、例えば、簡単なチェックインシステムが導入されていたり、プリンターを設置していることも一つのホスピタリティというか、新しいおもてなしの形と捉えられるのだなということです。ただWi-Fi環境を整えればいいというわけでなく、宿泊施設に石鹸やシャンプーなどのアメニティグッズが備わっているのと同じように、使いやすさにこだわったコワーキングスペースを用意する気配りが求められているのだと気付かされました。こういう環境をもっと整備していけば、地域としても外に向けてもっとワーケーションの目的地として発信できるのではないかと考えています。
小原:
私も実際に宿泊して、ワークスペースも使用させてもらったのですが、とにかく気持ちの良いゲストハウスで、自分の家にいるような感覚で過ごすことができました。ワーケーションの場合、この「気持ちの良い場所」というのはすごく大事なファクターになると思います。例えば、私たちが提供するプリンターなどの機器も、そうした場所の景観を損なわず、雰囲気にも調和したものでなければいけないと、改めて実感しました。
渡部:
コロナの問題に直面する前は、コワーキングスペースを活用した集客というのはメインには考えておらず、エプソンさんに声をかけていただき、更にワークスペースの重要性を強く感じました。まだまだこれが正解というものを自分も持っているわけではなくて、日々試行錯誤している状態ですね。やっぱりお客様の声を聞きながらアップデートしていくのが大事だろうと考えています。ただ私としては、どんな目的であれ、うちのゲストハウスがきっかけとなって会津に足を運んでくれる人たちが増えるのはとても喜ばしいことだと思っています。そのうえでもう一つ認識を共有しておくべきなのが、交流人口が増えたらそれで終わりではなく、その効果の先にあるものも考えておく必要があるということです。
最近、コワーキングスペースを利用いただいた方には、旅のプランとして、会津周辺でうちと同じようにコワーキングスペースを併設しているゲストハウスを積極的に紹介するようにしているのですが、これは、うちを訪れた人たちにゲストハウス周辺以外にも足を伸ばして、もっと会津を好きになってもらいたいという思いからはじめました。そして、いつかその中から、ワーケーションの拠点として会津を選んでくれたり、将来的に会津への定住や二地域居住を考えるきっかけになったという人が出てきてくれるのが私の理想です。
鈴木:
民間の方がそこまで考えてくれているということに大変感銘を受けました。市がもっと積極的に考え、取り組まないといけないことを、すでにkaienさんは実行に移しておられたのですね。これは多くの地方都市共通の課題だと思いますが、昔のように、団体旅行客を呼び込めたらそれで大丈夫という時代はとっくに終焉を迎えています。誤解を恐れずに言えば、どんな形でもいいから早く人の動きを生み出さないと、観光産業が衰退して会津の人口減少は止まらないし、そもそもお客さまを呼び込む前にサービスの担い手がいなくなってしまいます。それくらいの危機感をもって問題に取り組んでいく必要があるのだと、kaienさんの強い想いに触れ、認識を新たにすることができました。その先にある定住や二地域居住の話にも言及いただきましたが、交流人口を増やすことは、まさに地方都市の命綱で、今、働き方改革が進んでいる中で、ワーケーションに注目が集まっているというのは、大きなチャンスだと思っています。
渡部:
そうですね。私たちのビジネスでも言えることですが、間口を広く持っているのはいいことだと思います。まずは一度、来てもらわないことには、良いも悪いもわからないですからね。
鈴木:
実を言うと、これまで我々は、ワーケーションに取り組むと言いながらも、ワーケーションとは一体何なのか、自分たちがはっきり掴めきれていないという思いを抱いていました。そうした中で、エプソンさんをはじめとする、「スマートシティAiCT」に入居されている企業の方たちの「われわれはここに仕事をしにきている時点ですでにワーケーションを実施しているんだ」という言葉を聞いて。コロナ以前は、AiCTの中で完結していた部分もあったのですが、コロナの影響で、AiCTで働いていた人たちもリモートで仕事をする必要が出てきて、今はもう一歩踏み込んだ、環境整備などが求められるようになったと考えています。
小原:
そうですね。私たちエプソンも2020年7月からAiCTに入居していますが、研修や長期出張などで会津を訪れる方々は、すでにワーケーションの魅力を感じてらっしゃると思います。それに加えて、先程、渡部様がお話されていたような、会津を旅して見聞を広めながら仕事をするといったアクティビティを取り入れることができれば、通常の勤務形態では得られないような、例えばフリーランサー様との出会いと、そこから、得られた知見を仕事に活かすといったオープンイノベーションの実践にも繋っていくと思います。そういったことの実現にエプソンの技術やサービスを多岐にわたるパートナー様と共創し課題解決を促進することで、スマートシティを推進していければと考えています。
渡部:
宿泊者や利用者が、他のエリアにも足を運んで、もっと会津の魅力を知ってもらうための仕掛けなどをこれからも考えていきたいですね。
鈴木:
あともう一つ、ワーケーションで大事だと考えているのが、利用者の利便性もさることながら、地域の人たちを置き去りにしないということです。これはワーケーションに限ったことではなく、スマートシティ全体にも言えることかもしれませんが、デジタル化が拓く持続的な街づくりなどと、いくらスローガンを並べても、市民がそこに距離を感じてしまっていては本末転倒だと思っています。そうならないためには、市民も身近に利用でき、会津若松という街がスマートシティを推進していることを実感できるような場所が不可欠で、kaienさんには、そういった部分でもショーケースのような役割を担っていただいていると思っています。市民一人ひとりがkaienさんのような施設を利用し、実際の体験を通してスマートシティやワーケーションの取り組みを理解してくれるようになることを期待しています。
取材実施日:2021年3月
記載の組織名・所属・肩書き・取材内容などは、すべてインタビュー時点のものです